本多響乃さんの評です。
全首にいただきました。
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今回は、事前に21首分の評のメモをつくりました。
****のあとは、歌会の後で思ったこと。★が本多の5首選です。
★A 音羽町置屋ときわや寅の刻 笑いころげる髪結いマツコ(麦太朗)
「結」の題詠で、髪結いをもってきたところはお手柄。
置屋、寅の刻、という古めかしい語と、マツコという固有名詞はちょっと時代がそぐわない気がします。
上の句、下の句の両方が体言止めの場合、短歌としては、ぶつぶつした感じを与えてしまいます。
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歌会で音読したときの、音の響きのよさが快感でした。
(黙読で、5首選をしたときには気づかなかったポイントでした。)
「寅の刻」(午前4時ごろ)は、置屋で髪結いが笑いころげるには時間が変、という指摘がありましたが、わたしは、これから歌舞伎をみにいく芸者が、おしゃ れをしている場面だったらありうるんじゃないかなぁ、と思いました。(電気のない江戸時代の歌舞伎はかなり早朝から始まったはずなので。)
マツコがマツコ・デラックスを踏まえているのでは、という指摘にはおおお、と。
(家にテレビがないので、テレビネタだとよくわからないのです……。)
B ほろ苦いコーヒー香り降りそそぐ雪の結晶天使の砂糖(あおい月影)
香り/降り/そそぐという動詞の連続が気になります。
コーヒーが香って、なおかつコーヒーが降りそそぐ、というように読めてしまいます。
作者はいま、室内にいて、目の前にコーヒーがあり、窓外には、雪が降っている、という景として読みましたが……。
下の句の「雪の結晶天使の砂糖」というたたみかけは、体言止めの連続なので、とてもぶつぶつした感じ。
雪の結晶というものは、天使の使う砂糖のようなものだよ、ということが作者のいいたいことなのであれば、
初句の「ほろ苦い」ははぶいて下の句の世界をゆったり歌ったほうがいいように思います。
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あおいさんは筆名のつけ方もロマンチックで、ロマンチックな作風なんですよね。
ロマンチックな路線をきわめるのであれば、使い古されたロマンチックな題材や、ロマンチックな表現をどれだけ捨てられるかがポイントだと、個人的には思っています。作者だけがロマンチックになっていると、読者はロマンチックになれないのです。
C その男にっこり笑ってひざまずき扇子ひとつで結界を張る(土屋智弘)
「結」の題詠で「結界」はお見事。
落語家が舞台上にあがったところの描写として読みました。
ただ、その場合、「ひざまずき」という動詞は誤用ではないでしょうか。
「にっこり笑って」という表現も、ややありきたり。8音でもたつくのももったいないと思います。
「笑う」に「にっこり」はあらかじめ含まれていると、私は思います。
せっかくなら、扇子をひとつ、客と自分の間にを置くことで客席と演者のあいだに結界を張る、ということをもっと丁寧に描写したほうがいいのではないでしょうか。
ただし、この情景は、落語会にいきなれた人にとっては、よく落語のまくらで聞く話なので、発想としての新しさはあまり感じませんでした。
D ネクタイを結ぶ あなたのくびすじの堅固な梱包になりなさい(山階基)
ネクタイを結ぶ、という動作の主体はだれなのでしょうか。
堅固な梱包になりなさい、と語りかけている主体はだれなのでしょうか。
一字明けで、主体の転換を示している、という読解をしたいところですが、このねじれ感が微妙に気になりました。
ネクタイを男性の首に結んであげながら、手にもっているネクタイにむけて語りかけている女性、ととればいいのかな。
また、「梱包」という語の選択は適切かどうかも気になるところ。
E 結露した窓を殴ってみてもただ壊せない夢に跡がつくだけ(ショージサキ)
4句目の8音が気になります。
3句目の「みてもただ」が音数的にはまるので、余計に気になるのかもしれません。
「壊せない夢」とはなんなのか。「(自分自身の)夢を壊したい」という衝動とは何なのか。いろいろ謎が残ります。
殴る、という動詞のもつ強度と、跡がつくだけ、という言葉の強度がつりあっているかどうかも気になりました。
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これは個人的な要望なのだけれど、ショージサキさんには、もっともっと主体が立ち上がる、具体的な歌をつくってほしい気がします。
F 真冬日の結び目きつくバスを待つあいだにすこし君を忘れる(田中ましろ)
結び目がきついのはマフラーである、と想像して読んでみました。マフラー(あるいは別のもの)という具体を描かないことによって、作者の心情的なことも託しているのかもしれません。
バスを待つあいだにすこし君を忘れる、というのは、失恋後なのか、恋の渦中なのか、読みがゆれました。
「あいだに」の「に」が、妙に気になったのですが、なぜだろう?
音数あわせのような印象を受けたのかもしれません。「あいだは」だと、バスを待つあいだだけは、という限定感が出るような気がします。(暖かいバスに乗り込んだら、また思い出す、という感じ。ただし、こちらのほうがいい、といっているわけではありません。)
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真冬自体の空気感の「結び目」という読解にはうなりました。ほほう。
靴紐がきゅっとなる、というのにも。歌会の醍醐味は、ほかのひとがどうぞ読んだか、を聞けるところなので、自分と違う読みがでてくるとわくわくします。
G てのひらで重さをはかる 結ばれたものに四億は眠りこけて(魚住蓮奈)
「四億」が、作者の表現の肝だと思うのですが、なにを四億といっているのかがわかりませんでした。
「四億といえば○○」という共通理解が、もしかしたらわたしの知らないところであるのかもしれない、と思いつつ……。
年末ジャンボ宝くじの当選金額の四億円のことでしょうか?
もし、作者の意図がそこにあったとした場合、この表現でいいのかどうか。
でも、四億円をすべて、いっぺんに、てのひらで重さをはかるのは物理的に不可能ですよね……。
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おおおー。
避妊具でしたか。
ただ、その意味で読むとやはり「眠りこけて」が気になるかなぁ。
H 沈黙の時間を鼓動が数えてたあなたの首の結論は、縦(住友秀夫)
作者がなにかを質問し、相手がイエス、と答えるまでの場面と読みました。
あわい相聞歌の印象を優先するのであれば、愛の告白の場面でしょうか。
「あなたの首の結論は」という表現は、ちょっと不穏で、何がこれから起こるのか期待させられるのですが、読点で縦とつなぐ歌の形には疑問を感じました。
<首を縦にふる>という紋切り型の表現を、詩に落とし込む手段としてこの形がベストかどうか。
そもそも紋切り型の表現を基にして、ここから拡大解釈を要請される読者は、つまらないのではないかと思います。
I 結末を立ち読みしてから買うように君の元カノと友達になる(倉野いち)
5/8/5/8/7。この内容であれば、ぜひ31音におさめる努力をしてほしいと思いました。字余りに、必然性が感じられなかったのです。
<一読してすっと読者にわかる短歌>を、作者がよしとする場合、5/7/5/7/7の韻律、31音の音楽性に対して、より誠実になるべきだとわたしは思っています。
立ち読みしたものとして想定されているのは、少女マンガなのか、恋愛小説なのか。
この歌の「ような」という直喩は、下の句に対して、あまり機能していないように思われます。
歌意としては、【わたし(女性)は、少女マンガの結末を立ち読みしてからそのマンガを買うように、あなた(男性)のもとの恋人(女性)と友達になります】と読んだのですが……。
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歌会でも、ユーストリームをごらんになった方のツイッターでも、
意外に読みが割れていましたね。
たしかに、主体が男性でも読めるなぁ。
J 食品サンプルに触れる指先ネクタイの結び方など知らなくて良い(浪江まき子)
「食品サンプルに触れる指先」をもっている他者に対して、「ネクタイの結び方など知らなくて良い」といっている作者、として読みました
ネクタイの結び方を知らない=社会人としての常識やふるまい、マナーなどをまだ身につけていない若い男性へのメッセージ、として理解したのですがそこに対応するものとして「食品サンプルに触れる指先」は機能しているかどうか。
初句二句を、句またがり16音にさせるだけの必然性がこの「食品サンプルに触れる指先」にあるのかどうかが疑問でした。
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なるほど、子どもへ呼びかけている歌か~。
でも「触れる」が子どもっぽくない気がする~。
★K クリスマスツリーの下にひとつだけ飛びたつことのない蝶結び(野比益多)
クリスマスツリーの下におかれた、きらびやかなたくさんのクリスマスプレゼント。
子供たちによって、ほとんどのプレゼントが開かれたのに、最後にひとつだけ、だれにも開かれることのないプレゼントがぽつんと残っている。
情景を思い浮かべるための描写に過不足がない。なぜ、そのプレゼントは開かれないのだろう、と、一首の背景を想像したくなる。よい歌だと思いました。
L 固結びしてた気持ちもほどかれて話したいこと止まらない 好き(天国ななお)
素直な発想の歌。一字明けが機能している印象。
「気持ちも」の「も」は、ほかにも並列であげられるものの存在を感じさせるが、それはなんでしょう。
なぜ気持ちを固結びしてたのか、なぜ、それがほどかれたのか、そこの部分を読者としては読みたい気がしました。
M 靴ひもから解き放たれた幾千のちょうちょ結びが消えゆく朝に(飯田彩乃)
消えゆく朝に、という言いさしに疑問が残る。
消えゆく朝に、いったいなにが起こったのか。読者は宙ぶらりんのままに放りだされたように感じる。
この宙ぶらりんさ自体の提示が、作者の意図なのかなぁ。
★N 結露する窓に中指滑らせて滴ってゆく昨日の言葉(晴見奏司)
あわく相聞が香る。中指というディテールの提示がちょっと魅力的。昨日の言葉を、ゆうべの言葉、にすると、より相聞歌になるような気もする。力のある作者だと思うので、体言止めでない方法をさぐってほしい。
★O 冬空に散った任意の光点を結んで君が神話をつくる(結城直)
澄んだ冬の夜空をふたりでながめている恋人たち。よく見える星を適当につなげて、あたらしい星座をなづけ、
それにまつわる物語を語る、ロマンチックな女の子像が浮かびます。
君がつくる神話には、作者(ぼく)も含まれている、というようなあまやかな恋の一シーン。
一読してわかりやすいという短歌ではないが、(わかりやすくするためには、夜空、星空という語を提示をすればいいことを作者は認識しているが、あえてここではしていないと思われる)、それが詩につながっている。
読者の中で、言葉がどうふくらんでゆくか、言葉の持つ可能性に非常に意識的である作者だと思う。
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歌会では、歌われつくしている題材なのではないか、という意見が多かったような気がしますが、わたしは歌われつくしている題材だけど、いい歌だと思ったのでした。
P もうすでに彼女と呼ばぬひとからの夜のメールの結語あざやか(たえなかすず)
「結語あざやか」、といいきられると、作者の中で場面が完結してしまうので、読者のなかでふくらんでいくものがないように思います。
「結語」という題詠の処理はいいと思いました。
Q まだ髪を結んだ私しか知らない君と終電の灯りをあびる(沼尻つた子)
5/7/6/8/7という音数のせいで、もたつく印象。
「終電をのがしてしまった。わたしはこれから、君のまえで髪をほどくのだろう」という、
未来への期待感を読者としては読みたい気がするのですが……。
この一首のなかで、時間が動いてゆかない印象を受けるのはなぜでしょうか。
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歌会では、終電に乗ったのか、乗らなかったのか、で読みがゆれた印象。
わたしは乗らなかった読みですっと入っていけたんだけど。
R 手をふったようにこすった結露には東京たちがゆれていました(高橋たまき)
作者が立ち上げたかったポエジーは「東京たち」なのだろうと思うのですが、これが効いているかどうか。
「手をふったようにこすった」という表現のおもしろさが、「東京たち」で相殺されている印象をうけました。
「東京たち」の複数性と、「こすった結露」の(まとまった形になった)単数性が、読者のなかで、それこそ「ゆれて」しまうのかもしれません。
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「結露こすったら、窓はきれいになるよね」という指摘にほほう、と思いました。
S 前もってほどくとわかっている紐を結ぶ バカにもなりきれぬまま(篠原謙斗)
2句目の8音、1字あけがあいまって、リズムに乗れない。情景の中に、他者がいるようでいないようで、読者としては居心地が悪かったです。
「バカにもなりきれぬまま」という表現が説明的なために「バカになりきった場合はどうなるというのだろう」という、詩でなく理を、読者に要請してしまうのかもしれません。
★T しらたきをわざわざ結ぶおそろしい女とともに暮らしています(龍翔)
「しらたきをわざわざ結ぶ」という発見がとてもおもしろいのに……。
おそろしい、といわずに、この女のおそろしさを出さないともったいない。もっともっとこわい短歌になったはずなのに、もったいない。
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「わたし、しらたきを結ぶよ~」と二次会でおっしゃっていた高橋たまきさん。ほかにもツイッターで「結びますよ」とおっしゃっていた方もいらしたような気がします。
U 結婚が決まりましたと告げられてリボン結びがふいにほどける(本多響乃)
一首の流れが説明的。発想としてはありがち。「ふいに」がここで適切な言葉かどうか。
題詠の処理がイージー。
締切をやぶっている点も、マイナスポイントです。良い子は絶対真似しないように。
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山階さんには、「リボン結び」に託した部分を読み解いていただいた印象。高橋さんの読みには、「ほほう」という気づきがありました。ありがとうございました。
「ふいに」に関しては、田中ましろさんから突かれました。自分で「ここ弱いよな」と思っているところは必ず突かれるのが歌会の法則なのねー。
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