田中ましろさんの全首評です。
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A そよ風の裏切りにより花びらは着地するほかなかったんだよ
花びらの持つ未来の選択肢として「着地」以外に何があったのでしょうか。そよ風が裏切っても裏切らなくてもいずれは散るのが花びら。その認識が理解の速度を遅くしているような気がします。「そよ風」と「裏切り」という言葉のかけ合わせは新鮮に感じましたが、結句の「だよ」という言いまわしなどは少し勿体なく思いました。惜しい。
B お隣のケンカを夜ごと聞かされる私の罪は何?沈丁花
結句の「沈丁花」が唐突でそれをよしとするかがポイントでしょうか。計算のうえに置かれていると思ったので沈丁花を調べたのですが花言葉は「栄光」「永遠」「不老長寿」とどうもうまくつながらず。部屋の中で育てるようなものでもなく。うーん。一首の中でちょっと浮いてしまった印象です。僕の読み不足かな。すっきりできる読みが出るのに期待します。
C 折れさうな身体のお兄さんの手に仕事の都合といふ花言葉
手を一輪の花に見たてているんですね。細い腕を茎に見たてて。その先端に咲く手のひらが花。「お兄さん」という他人感あふれる言い回しが効いてます。その人に対して作者はとくに特別な感情を持っていないのでしょう。たんたんと人を観察してそれっぽい花言葉をつけていく遊びをしている主体。とても好感が持てました。
D スギ花粉噴射スプレー目と鼻に ヒロ先輩に卒業祝い
固有名詞「ヒロ先輩」がくせものです。ヒロ先輩、どんな人なんでしょう。もうひとつ、「スギ花粉噴射スプレー」もくせものです。スギ花粉「を」噴射するんですよね。そんな商品はおそらく実在しません。そんなくせものたちが蔓延って、主体の行動に共感する情報が足りず読者を置いてきぼりにしてしまっている印象です。おそらく作者の頭では突飛な行動の理由も含め何らかのストーリーがあるのでしょうけれど…
E 桜舞う恋を奏でる曲の音と香り残して君に届けと
文法部分の弱さがまず気になりました。最初は「桜舞う/恋を奏でる曲の/音と香り/残して/君に届けと」と切りましたが迷う点はいくつもあります。「桜舞う」で切っていいのか。「香り」は「桜」の香りなのか、あるいはわざわざ「曲の音」と書いていることも考えると「恋を奏でる曲の」香りなのか。このあたりの不明瞭な修辞関係によりとても複雑な構造になってしまっています。内容もすこしベタですが、なによりまず自分の望んでいない読まれ方をしないようご注意を。
F 営業が出払った午後事務員のまどろみのなか睡蓮ひらく
睡蓮は昼間開いて夜は閉じる性質があるんですよね。「睡眠する蓮」で「睡蓮」。結句の「睡蓮ひらく」は何らかの心理描写なのではないかと思ったのですが残念ながら読み解けませんでした。「まどろみ」からの連想で出てきた単語なのかな。閑散とした事務所にぽつんと残されて大して仕事もない事務員の午後、というイメージから睡蓮への飛び方。飛ぼうとされたのなら飛び方が少し中途半端だったような印象です。
G 鮮やかな色響かせて咲き誇る好きという花降りそそぐ君
4句目の甘ったるさが鼻につきました。「好き」でお腹いっぱいのところに花まできちゃうともう。あと、その花が咲き誇っているのか、降りそそいでいるのか。相反する状態がひとつの名詞に掛っているように思えたのでここも改善できる点ではないかと思いました
H (わたしの部屋のあなたの花が咲きました)わたしのあなたが告げた春
「花が咲く=春になる」と思えばパーレンの中と内容と下句が同じことを繰り返し言っているだけのように見えました。花をあなたと思い込んでいる執着心の怖さ、と読むこともできるかもしれませんが、そこまでの湿っぽさは感じられません。全体が77585と破調ぎみなのも気になります。結句が字足らずなので整えれば定型におさめられた可能性は大いにありますね。
I 咲くことのない花ですとわたされた石をあなたは窓辺にかざる
好きな人や信頼している人から渡されたものならどんなものでも盲目的に信じてしまう。その一例としての「咲くことのない花」=「石」。この2物はイコールで結ぶのにちょうどよい距離感だと感じました。窓辺にかざられた石をあなたはうっとり眺めたりしちゃうんでしょうね。全体をあえて客観的に見ている語り口もよかったです。第三者だからこそ冷静に見られる現象でもあるでしょうし。
J 花に降る雨の静けさきらきらといのちほどけてゆくさくらばな
花を散らす雨の様子は過去にも何度も詠まれてきた場面ですね。シーンの切り取り方には既視感がありますが下句の「いのちほどけていくさくらばな」という表現には惹かれるものがありました。「きらきらと」はちょっと蛇足かなぁ。
K 守っても守りきれないものがある カーネーションがシーツに咲いた
もしや「おねしょ」と「カーネーション」を掛けてるのか。と思いましたがカーネーションは赤いのでこれは血と思いたいです。生理用品の広告でよく「守る」と使われているのでいわゆる「多い日」のことなんじゃないか、と。子に関係のある生理と母を連想させるカーネーション。読みにかなりの想像が入りましたが、いい歌だと思いました。これで読みが全然違ったら超恥ずかしい。
L ひらひらとさくら花びら花筏めだかの子らはお遊戯やめた
「めだかの学校」を下敷きにした歌ですね。リズムよく上の句をまとめてあるんですが、助詞を抜いて単語を羅列したその軽快さがやや幼稚な印象に転んでしまっているように思います。単なる好みかもしれませんが、シーンが美しすぎてリアリティに欠け、わざとらしく感じたのも気になりました。つくられた感、というのでしょうか。
M 吹く風に枝垂れ桜はゆれておりリズムは淡い1/f
1/fゆらぎって扇風機とかについているあれですよね。自然界のゆらぎに近いんでしたっけ。そこにつく形容詞「淡い」はすこし違和感がありました。あと、1首を通して作者が伝えたいことが見えにくいのも気になりました。状況説明に終始してしまうと「だからどうしたの?」と読者に思われる危険が高くなります。自然の風に吹かれている枝垂れ桜なので1/fゆらぎで特に驚きがなかったのが正直なところです。
N さいたなら枯れてゆくだけ心咲さんさかなくていいこころなんかを
3句目以降の意味が取れませんでした。根本的なところで。「心咲さん」は送り仮名「か」が抜けているのでしょうか。57777でしょうか。もしかして「心咲さん」で「みさきさん」などといった人の名前?だとしたらルビがないとかなり難読です。すみません、何度読んでも歌意が取れなかったのでコメントはパスさせてください。
O ほろよいのお花畑で落ち合ってこのまま二人どこか消えたい
「このまま」ですから今まさに会ってるんですよね。ほろよいで、お花畑で。でも願望なんですよね。消えるに消えられない障壁がある二人。ほろよいなんかでは無理なんでしょうか。泥酔なら。そういう話ではないか。駆け落ち的な設定はドラマチックですが過去に何度も詠まれていて既視感があります。シーンの選び方や人物設定にもう少しオリジナリティがあれば、と思いました。
P 口々に春うたうべく咲く花のひとつを選りて耳もとに挿す
結果として耳もとで花が春を歌ってくれている心地よい状況に。一面の花が口々に春をうたっている草原が浮かんでそこに立つ主体。とても美しい場面です。個人的には好きな歌ですが、その景色を美しいと感じられなかった人にはまったくひっかからない可能性はあるように思いました。美意識で評が分かれる、というか。
Q 花びらを涙でつけて待っている 遠くからでも気がつくように
どこにつけたのでしょうか。瞼か、額か、頬か。あるいは壁や扉か。そのたった1点の具体がないがために想像をうまく広げられませんでした。下句が説明的なのもすこし気になります。
R 桜たちおかえりなさい旅ならばかなたの春よいってらっしゃい
3句目の「旅ならば」の意味がとりにくかったです。下句で「かなたの春」ともう遠くにいる春にあえて「いってらっしゃい」と声かけしている点も気にはなるんですが意味はとれず。漠然としていてふわっと流された印象です。
S 薄桃の君がまっすぐ行けるよう道しきつめる花びらになる
薄桃の、は頬の色でしょうか。親が小学校の入学式に向かう子を見て詠んだ歌という読みました。子にまっすぐ育って欲しいがために自分の身を犠牲にする親心。花びらは踏まれて汚れてしまいます。献身的な一方ですこし狂気にも満ちている感じもうっすらと。好きです。
T この岸がどちらがわでもかまわない空ににじんでゆくさくらばな
岸が暗示するのは生と死。気がつくと主体は岸にあおむけに寝転んでいて開いた目に飛び込んできた空とさくらの花弁。自分が生きているのか死んでしまったのかすら一瞬どうでもよくなるような美しさの中にいたのかなぁ、と想像で補いつつ読みました。「さくらばな」がJのお歌と単語の位置までかぶったのはちょっとショックですね。2首を比べるならこちらのお歌の方が好みです。
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